13年前のことでさえ遠い昔なのだから、
150年前のことなんて、遠すぎる昔。
誰も覚えていないのが普通なのかもしれない。
学問の秋らしいことをしていなかったのだが、
運良く総図の3階(2階)で、地震火山の研究発表をやっていたのに出くわした。
11月24〜26日。
150年前の瓦板なんてのを見る機会などそうないから、
かじりついて読んできた。
おもしろいものに出くわした。
これはおもしろい。
鯰絵というのがある。
鯰が着物を着て暴れまわっている浮世絵だ。
そう、それは、地面の下で鯰が暴れるから地震が起きるという、あれだ。
で、特集されていたのは、
篤姫さまも被災された、
安政大地震のものだった。
文化的には、幕末期だから、退廃的な感じのころ。
大御所時代の化政文化の少し後だ。
地震は大きくわけて3つ立て続けに起きた。
安政江戸地震、安政東海地震、安政東南海地震、の3つ。
大坂では大津波がおき、
江戸の芝あたりでは震度7、
マグニチュードは8。
どれをとっても恐ろしい。
被害は、戦後の比ではない。
で、見ていたのだが、
それが、東京だからなのか、幕末だからなのか、
発表者の恣意なのか、
今でもそうなのか、
なまずの絵が描かれた瓦板は、江戸地震のものばっかり。
対策の番付まである。
反対に、東南海・東海のほうは、
大坂で情報が分断されたとかで、
現地の情報が詳しく(もないけど)書かれている。
版元も、大坂のものだ。
江戸のほうは、
情報、しかも瓦板の焼直しみたいな情報が氾濫して、
13代家定様の時代。政府、瓦板の版木をたたき割ったり、厳しく取り締まったとか。
まるで、インターネットみたい。
そして、地震対策や、スタンスなんかも、
今の日本とおなじ。
ひどかったのはわが兵庫県。
灘・須磨・明石・加古川・姫路・高砂が、
「大いに損する」(壊滅)
生々しく阪神淡路大震災を思い出した。
参勤交代で江戸にいた人びとは、みんな、
里のことが知りたかったのでしょうか。
反対は…そういえば、気になりそうなものだけど、
江戸レベルの街がなかったから?
ただ、資料を集めてないだけ?
よくわからないけど、おもしろかった。
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