和歌山カレー事件最高裁
和歌山カレー事件にはひとかたならぬ思い入れがある。
恩師が、捜査の指揮をとっていたから…かもしれない。
林被告人は、死刑判決が確定された。
黙秘権(憲法38条3項・刑訴291条3項・規則197条1項)
の行使で沈黙を通した和歌山地裁。
もちろん、
それだけで有罪とはならない。
しかし、証拠は情況証拠のみ、動機は不明。
前の記事のとおり、情況証拠だけで犯罪となることもある。
もちろん、不審な行動の目撃証言だけ、では、
口裏あわせの可能性だってあるし、疑わしきは被告人の利益に、だが、
ヒ素の一致などがあれば、話はちがう。
ここで、情況証拠とは、犯罪を直接証明するものではない証拠である。
口論の目撃証言やら、血の着いた服やらで、
そこから、刑法に書いてある犯罪になる事実を推認するものである。
そんなのだけで犯罪といわれても…とはおもわれがちだが、
そんなの以外を残さないのが犯罪で、拷問しない現在の警察では、自白もないことが往々にしてある。
話をもとに戻して、
ヒ素の一致には、科学的な方法が使われていて、おそらくこれが決め手になったと思われる。
こういうのは、筆跡・DNA鑑定などと同じで、
信用できる学識をもった人が、
信用できる方法で実施した場合には、
信頼できるものとして証拠として使ってよい。
だから、これと、犯行時の証言を組み合わせて有罪としたことには、一応合理性があった。
動機の問題。
今までは保険金目的だったが、今回は単なる殺戮であり、動機がない、と被告人が話しだした大阪高裁での弁護人。
犯行の動機・態様は、
おもに、犯人の故意(殺意)の存否で問題になるが、
今回のように、被告人が犯人かを判断する段階でも問題になる。
しかし、被告人の家にヒ素が見つかって、それがカレーの中身と同じで、(被告人の夫にヒ素中毒のおそれがあった)
という状況では、動機はともかく、
被告人と犯人が同一だとは言えそうである。
故意だって、ヒ素を食べさせたら相手は死んでしまうことくらいわかるであろうから、認められる……
と考えると、犯罪の認定に、動機はあんまり必要なかったといえてしまう……
とはいえ、これだけで有罪・死刑としてよかったのかは、
現実の実生活上の不安が残る。
冤罪だったら、どうしようか……
被害者は納得するだろうか……
せめて反省の言葉でもあれば……
しかし、反省した人や、自白した人を死刑にして、
完全黙秘を貫いた人に無期懲役の恩賞を与えてやるような、
ヘンテコなキョウジは持ち合わせていない。
ある映画監督いわく、
事実には3つの顔がある、と。
歴史的な真実、ある人の真実、それとは対局に位する人の真実、と。
私たちが刑事訴訟で求めるのは歴史的な事実であって、
勝者の事実ではないのだ……
ましてやドラマでも映画でもない……
この事件は、死刑相当だと、理屈では十分にわかる。
でも、私には死刑判決を書ける自信がない。
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